最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

2011-05-24

ネパールの里子・ビニタちゃんへの手紙

ビニタちゃん
お兄さんの亡くなった赤ちゃんについて書いてくれた長い手紙 と詩をありがとう。
悩める少女のあなたをとても心配していました。
でも、送っていただいた「真っ白い歯の笑顔の写真」が、私をホッと安心させてくれました。
元気になっていてよかったです。

私は60歳になり、仕事を定年退職しました。
年金生活で収入は無くなりましたが、あなたへの教育支援は続けますのでご安心ください。

日本は3月11日の大地震と大津波、原子力発電所の事故で三重苦です。今も余震が続いています。
ロジナちゃんの里親さんの家の近くでは、ネパール人のカレー屋さんが放射能汚染を恐れて帰国されそうです。
日本の輸出品は、食糧品に限らず、工業製品も放射能汚染を心配する国があります。

でも、第2次世界大戦が終わってから、アメリカや当時のソ連(ロシア)や中国など、いろいろな国で地上の核実験を
繰り返してきました。その時は、原発事故より高い放射線が地球上に降り注いでいたのです。

私達は生活を見直して節電したり、生活様式を変えていく覚悟で、ネパールの停電事情を思い浮かべれば、原子力発電所に頼らない自然エネルギーへの転換を進めることができるかもしれません。
地震大国・日本では、これからも大地震の起こる確率は非常に高いのですから。

それと同時に、唯一の被爆国の日本人として、原子力に頼るエネルギーだけでなく、核兵器も地球上からなくし、
子どもや孫たち、ビニタちゃんたちに安全な地球を手渡すのが、私たちの大人の役割だと思っています。

京都インクラインの桜

日本国中がこの大震災で打ちひしがれ、お祭りも旅行も花見も控えて中止しようという「自粛ムード」の時期がありました。
でも今は、 日本が元気にならないと被災地も元気にならないと言われています。
私は春の京都に花見に行ってきました。
残念ながら外国の方には出会うことがありませんでした。
でも、どこのお寺も沢山の日本人が訪れていて、日本人は桜の花が大好きなのです。




ビニタちゃん
日本では6年生を卒業すると中学生になるのですが、ネパールは一貫教育ですから7年生ですね。
私はビニタちゃんと同じ年頃に、インドのネール首相が娘のインディラに贈った「父が子に語る世界の歴史」を夢中になって読んだ記憶があります。
もし余裕があったら読んでみてください。学校に翻訳した本は置いてないかしら?
では、元気で勉強に頑張ってくださいね。また、お手紙します。

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