最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

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2014-07-20

群読構成劇「 われらが日本国憲法」 7/20

「日本国憲法」は日本人自身の手で作られた草案をもとにGHQが成文化したことをご存知でしたか?
吉原公一郎の作・構成による群読構成劇「われらが日本国憲法」は、明らかになった資料をもとに憲法が成文化される過程を劇化しています。
それに土井大助の詩、池辺晋一郎作曲による、松原混声合唱団の合唱が映像に挿入され、「日本国憲法前文」の群読が加わります。
群読者は一般公募され、朗読サークル「サロン・ド・ポエム」からちゃま2と一緒に参加しました。
前座には、ジェームス三木氏の挨拶、加藤剛氏の詩の朗読というなんとも贅沢な構成です。




2014-04-14

サロン・ド・ポエム

本日の昼食は、あやや宅合宿で出された絶品のフレンチトーストに家主とリーダーがチャレンジしてくれました。
私はH夫人へのプレゼントとして春をイメージしたメリノウールの細糸でマフラーを昨晩やっと織り上げ、朝一番に縮柔し陰干して駆けつけて来たため、昼食のお手伝いは出来ず食べるのみ。
リーダーが久しぶりにポエムの15周年に発表した朗読劇「命どぅ宝」をリクエストしたので、早速みんなで分担して読んでみました。
出前朗読のシナリオは高岡先生が作ってくださることになり、朗読時間を測り、内容を吟味して順番を決めてくださるそうです。
1.「憲法前文」 
2.「憲法第九条」
3.「美しい誓い」
4.「命どぅ宝」

2014-03-10

サロン・ド・ポエム

本人曰く、「若輩者」のあややが定年退職を迎え、サロンに仲間入り。
最近ケーキに凝っている彼女は、新歓であるはずの今日、自らシフォンケーキをホールで焼いて持参してくれました。
久々の練習のお題は、27年前ポエムの最初の練習日に読んだ、滝いく子さんの「おまえと母さんの道」。保育園に通う母と子の情景を歌ったこの詩は私たちポエムの原点と言えます。
時間を超えタイムスリップしたかのように、朗読しながら子育て時代を思い出し皆が涙ぐんで詰まると、当時と同様に大原穣子先生から指導!「自分で泣いたら内容が伝わらないでしょ!」

もう一つの作品は、同じく滝いく子さんの「美しい誓い」
今、戦前に逆戻りさせて、戦争をする国にしようという安倍首相の企みの中にあって、美しい誓い=「日本国憲法」はタイムリーな力強い作品です。
大原先生曰く、「日本国憲法前文・9条」と「美しい誓い」を組み合わせて、いつでもどこでも出前朗読できるユニットを作っておきなさい。
そこで、今年横浜で開催される「日本母親大会」の冊子に、「憲法を読むサロン・ド・ポエム 気楽に連絡ください、出前朗読します。」という名刺広告を載せることにしました。5000円なり。
最後に高岡岑郷先生が関わる「東京に平和祈念館(仮称)を」の活動を紹介します。


断じて、「戦前」は迎えない 東京に「平和祈念館」建設を!
                            高岡岑郷

69年前、戦争は終わった
しかし、私たちの戦争はまだ終わっていない

今、東京の新名所はスカイツリー
その下を流れる北十間川は
1945年3月10日、累々と屍で覆われていた
あの夜
人びとは、熱いから黒い川に飛び込んだ
黒焦げの死体がよりそってきた
炎が川を渡り、街を走った
黒い群衆がさまよっている
背中に負ぶった赤ん坊に火がついている
だが、赤ん坊の泣き声は聞こえない
まだ、朝は来ない

あの3月10日だけでない
東京は戦場だった、兵士の居ない戦場だった
米軍B29爆撃機によって
130回に及ぶ空襲に見舞われ
10万を超える人たちが命を奪われ
100万を超える人たちが家を焼かれ失った
焦土と化し廃墟となった街、東京

黒い川の黒焦げの死体は、どこの誰だったのか
泣くことのできない赤ん坊は、どこの誰だったのか
学童疎開から帰ったとき
肉親と家をすべて失った子らも、数えきれない

今、半世紀はとうに過ぎて、69年
東京は鉄とコンクリートの街
林立するビルに埋め尽くされ
地上も地下も道路と鉄道が縦横無尽に駆け巡る
そこに69年前の姿は見えない

半世紀余、生き抜いた人たちと
いま生きている私たち、みんなの仕事
それは
戦場だった東京と
東京空襲の実相を掘り起こし
次世代に戦争の惨禍を語り継ぐ
「東京都平和祈念館」の建設
ふたたび炎の街は許さない
都民の願いを込めて

そして6年後
2020年オリンピック、パラリンピック
憲法9条を持つ日本の首都・東京
「東京都平和祈念館」の建設で迎えることこそ
最高の「おもてなし」だ

69年前、戦争は終わった
しかし、私たちの戦後はまだ終わっていない

断じて、「戦前」は迎えない

2014-02-10

サロン・ド・ポエム

今月のサロンは朗読の練習はなし。
新年会を兼ねたランチ+高岡先生のお話です。
本日はキンコちゃんのお孫さん誕生とあややの入会の発表が重なりめでたしめでたし!
この中には東京都民は2人だけですが、東京都知事選の感想などを高岡先生から伺いました。
大原先生からは「おしゃべりばかりでなく朗読の練習もしましょ!」発表の場を作らないとと釘をさされました。

2013-12-24

サロン・ド・ポエム

久々のサロン・ド・ポエムは全員集合と思いきや、新メンバーのクリちゃんが残念欠席でした。
私はちゃま2と家主がクリスマスバージョンのちらし寿司を製作中に到着。
朝から孫にクリスマスプレゼントを届け、はるばる埼玉からとんぼ返りで川崎に2番目で登場できたのはエライと褒められました。種を明かせば長男に東川口の駅までアッシー君をしてもらい幸い1本早い電車に乗れたという訳。
本日は朗読練習はなく、お食事と高岡岑郷先生のお話という企画。
それに私が持ち込んだ「プレゼント交換」が刺身の褄。

高岡先生のお話の一つは、皇后美智子様が10月20日の誕生日会見で話された「五日市憲法草案」
あきるの市の五日市資料館に展示してある「五日市憲法草案」は、明治憲法公布に先立ち、地域の人たちが討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案。
当時の人たちの政治参加への意欲や民権意識を記録する、世界でも珍しい文化遺産ではないかと皇后さまが話されたということでした。

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    合い言葉    高岡岑郷

私が子どもだったとき、
1945年(昭和20年)、敗戦の年。
日本人の男性の平均寿命は23.7歳だった。
女性は34歳。
つまり、男性は24歳まで生きられなかった。
今、
日本人の男性の平均寿命は79.94歳。
女性は86.41歳、世界一。
私は今、ちょうど79歳。
今年6月に80歳、傘寿を迎える。
日本国憲法・第9条が施行されて66年余、
「戦争をしない国」は、戦争での殺し合いは
一人もいない。 生かされた命はありがたい。
今、
この国の過去に、目を閉ざさせ、
この国の明日も 目・耳・口を塞がせて、
この国を「戦争する国」へとする企みがある。
今、私たち みんなの 合い言葉は、
「第9条を孫子の世代に無傷で手渡そう!」 

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2013-08-24

日本母親大会でポエム朗読

幕張メッセで開催された「日本母親大会」の全体会、主催地東京の「平和を語り継ぐ運動」報告は高岡先生の東京大空襲を歌った詩でした。「大原穣子&朗読サークルポエム」が朗読させてもらいました。

日本母親の木村康子さん、大原先生とピース!
東京のイメージ雷門のバック
会場を埋め尽くした参加者
フィナーレ



2013年.第59回日本母親大会


          68年前、戦争は終わりました
          しかし、私たちの戦後は、まだ終わっていません

          今、東京の新名所はスカイツリー
          その下を流れる北十間川は
          1945年3月10日 累々と流れる屍で覆われていました
          東京は戦場でした  東京は戦場でした
          十万人を超える人たちが命を奪われ
          百万人もの人たちが家を焼かれ失いました
          焦土と化し廃墟となった街
          今、半世紀を経て68年  半世紀を経て68年
          鉄とコンクリートで固められた街となり
          地上も地下も道路と鉄道が縦横無尽に駆け巡り
          林立するビルさながらに冷たい政治が
          人々の暮らしやいのちを脅かしています

          鉄とコンクリート街に 花は咲きません
          子どもたちがすこやかに育つために
          原発をなくし、核も基地もない
          東京、日本をつくり、
          日本国憲法第9条を
          子どもたち、孫たち無傷で手渡しましょう

          生命を生みだす母親は  生命を生みだす母親は

          生命を育て
          生命を守ることをのぞみます

2013-05-29

朗読サークルポエム・退職者を祝う会

クリちゃんの退職を祝う会が渋谷で開かれました。
主催する現役組は、長ーいテーブルの向こうの端3人+手前から2人目の計4人。
退職までそれぞれ4年、5年、6年が2人ということで、みなさんもう一頑張りです。
主賓のクリちゃんは私と同期ですが、嘱託を2年勤め今年の3月でめでたく退職しました。
皆から送られた彼女を表すひと文字は「温、笑、気、陽」、やさしいお姉さんと後輩には慕われているようです。

プレゼントのバックを持って



お礼の言葉


2013-05-24

サロン・ド・ポエム 第59回日本母親大会(全体会8/24) で朗読

今日の例会は「憲法記念のつどい」の反省会ということで、頂いた謝礼で豪華お弁当?とデザート付きとなりました。
ここでビックリ!ニュースです。
8月24日の「第59回日本母親大会(幕張メッセ開催)」全体会の東京アピールで、高岡岑郷先生の詩を大原穣子先生とポエムが朗読することになりました。

残念 キンコちゃんがかくれて見えない!


















2013年・第59回日本母親大会

68年前、戦争は終わりました
しかし、私たちの戦後は、まだ終わっていません

今、東京の新名所はスカイツリー
その下を流れる北十間川は
1945年3月10日、累々と屍で覆われていました
東京は戦場でした
10万人を超える人たちが命を奪われ
100万人もの人たちが家を焼かれ失いました
焦土と化し廃墟となった街
今、半世紀を経て68年
鉄とコンクリートで固められた街となり
地上も地下も道路と鉄道が縦横無尽に駆け巡り
林立するビルさながらに冷たい政治が
人々の暮らしやいのちを脅かしています

鉄とコンクリートの街に 花は咲きません
子どもたちがすこやかに育つために
原発をなくし、核も基地もない
東京、日本をつくり
日本国憲法第9条を
子どもたち、孫たちに無傷で手渡しましょう

生命を生みだす母親は

生命を育て
生命を守ることをのぞみます


2013-05-11

憲法記念のつどい in下北沢教会

「人が人として生きるために ~日本国憲法を詠む」  高岡岑郷&大原穣子と朗読サークル・ポエム
退職したポエムのメンバーで、引き続き「サロン・ド・ポエム」を楽しんでいます。
今回は、「大原穣子と朗読サークル・ポエム」のデビュー企画です。
高岡先生が運営に加わっていらっしゃる「代田・九条の会」主催で、毎年開催されている「憲法記念のつどい」に参加し、日本国憲法前文・九条に加え、今年亡くなられた柴田トヨさんの「くじけないで」「百歳」詩集より5作品を朗読しました。
ゴールデンウィーク後半から喉風邪をこじらせ寝込んでいた私は、残念ながら写真班に徹しました。
川村俊夫さんの講演「憲法九条の新たな危機に抗して」は、興味深い内容をわかりやすく話していただき、胸にストッと落ちました。
ポエムの朗読も、高岡先生の「人が人として生きるために」の詩、大原先生の「ローカル色のパレット」、日本国憲法と柴田トヨさんの詩と、タイムリーな内容で主催者の方からお褒めの言葉をいただきました。
日本国憲法前文・九条  柴田トヨ詩集より

          

          

          

高岡先生からメンバー紹介
下北沢教会牧師・諏訪鋭一郎さんのあいさつ
講演「憲法九条の新たな危機に抗して」 九条の会事務局・川村俊夫さん
会場発言 「沖縄4.28屈辱の日大会」に参加して

2013-01-25

サロンド ポエム

大原穣子先生と高岡岑郷先生

月1回の朗読サークル・ポエムの定例会です。
マリドラ宅で軽食とお茶をしてスタート。
題目は柴田トヨさんの「くじけないで」と「百歳」から各自が初見で選びました。
柴田トヨさんは明治44年生まれで、90歳を過ぎてから詩人の仲間入りをした方です。
1月20日、残念ながら101歳でお亡くなりになりました。
彼女の飾らない素直な思いが詩の中から伝わってきます。

今日はキンコちゃんが欠席

今年のポエムの活動のために、高岡先生が台本を作ってくださることになりました。

1.明日を生きる:高岡岑郷
2.憲法前文、九条
3.神様:「くじけないで」
4.96歳の私:「くじけないで」
5.被災者の皆様に:「百歳」
6.ことば:「くじけないで」
7.大原穣子先生の著書から

高岡先生の年賀状に掲載された「明日を生きる」をご紹介します。


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    明日を生きる     
                高岡岑郷

子どものころ、戦争のさなかだった
「お国のために死ね」と教え込まれた
子どものとき、戦争は終わった
「戦争をしない国」になったと学んだ
この国で生きて、生かされて喜寿を超えた
この国が「戦争をしない国」であり続ける
そのために
生きて、生き抜いて
今日をみつめて、明日を生きる

2012-05-30

ポエムの退職を祝う会

かざぐるま
今日は朗読サークルポエムの I さんが嘱託を終えたことを祝う会とOB会を兼ねた催しがありました。
大原穣子、高岡岑郷、両先生をお招きして12名の参加(欠席は2名)という高い出席率でした。

私は最寄駅までタクシー、渋谷駅の新南口から宮益坂下の店までタクシーを駆使し、極力歩かない方法で参上しました。

大原先生は昨年1年間寝込まれたそうで、痩せられていました。
きっかけは3.11、東日本大震災。
医師から「頭の中に津波が押し寄せた」と言われたそうです。
以前、倒れられた時は9.11がきっかけでしたから、災害が大きなストレスとなったようです。
今年から仕事を始められていますが、方言指導のつくような舞台は、どんどん少なくなってきていると嘆かれておいででした。

メンバーが一人づつ近況を発表して一巡すると、コース料理も終わりに近づき、現職組から東日本大震災に関わる詩の朗読があり、OBのちゃま2から、「俳優座九条の会」の加藤剛のエッセイの朗読があったところで、私と両先生はおいとますることになりました。残念!

PS
出かけに新藤兼人監督の訃報を知りました。
自身の戦争体験を描いた「一枚のはがき」が最後の作品となりましたが、100才の大往生です。

2012-04-15

農民詩 「みえない恐怖のなかでぼくらは見た」

2011年7月18日付 農民連の「しんぶん農民」に掲載された詩人・前田新さんの詩を紹介します

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見えない恐怖のなかでぼくらは見た 
前田新 (会津美里町在住)

見えない恐怖に脅かされて
4か月も過ぎたいまも
ぼくらは、ふるさとの町を追われたままだ
レベル7、その事態は何も変わっていない
何万という家畜たちが餓死していった
人気のいない村に、その死臭だけが
たちのぼっている

姿を見せないものに
奪われてしまったふるさとの山河を
何ごともなかったように季節が移ってゆく
郭公が鳴くそこで、汗を流して働くのは
もう、夢のなかでしかないのか
ぼくらは、そこに立ち入ることもできない

かって、国策によって満州に追われ
敗戦によって集団自決を強いられ
幼子を棄てて逃げ帰ってきたふるさと
そして苦闘のすえに築いた暮らしを
あの日と同じように、一瞬にして
国策の破綻によって叩き壊された

しかもこれは痛みのない緩慢な死だが
あの日と同じ集団自決の強要ではないのか
七三一部隊の人体実験ではないのか
なかまよ 悲しんで泣いてはいられない
この4か月の間、見えない恐怖のなかで
ぼくらがこの眼で見たものは

それでも、儲けのために
原発は続けていくという恐怖の正体だ

よし、そうならば
ぼくらも孫子のために、腹をすえてかかる

かつての関東軍のように、情報を隠し
危ないところからは、さっさと逃げ帰って
何食わぬ顔で、安全と復興を語る奴らに
そう簡単に殺されてたまるか

なかまよ 死んでいったなかまよ

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PS

昨日、マリドラさんとあややがお見舞いに来てくれました。
3時頃登場し、夕食のお寿司と果物、恒例のあややお手製シフォンケーキの差し入れがありました。
9時半頃までおしゃべりに花を咲かせ、雨のあがった夜半に帰って行きました。
明日からマリドラさんはお義母さんと熱海旅行の後、Hさんの告別式に参列するとのことです。
京都で8人が死亡する暴走事故の翌日、大磯で早朝に酔っ払い運転によるひき逃げ事故が発生しました。その被害者が元同僚のHさんとは!黙とう。

11日にマリドラ宅でPPM(プラチナポエム)があり、PPNの間違いではありません。
しんごう先生が紹介してくれた農民詩「見えない恐怖のなかでぼくらは見た」を、みんなで朗読することになったそうです。
次回の5月30日のプラチナポエムには参加したいです!

2012-03-17

「群読 日本国憲法」

案内ハガキ
稽古場の休憩時間




















4回目の群読稽古日、俳優座劇場5階稽古場。
一般公募者が60人程度集まり、舞台での移動と声合わせの練習です。
はじめてちゃま2、マリドラさんの3人で練習に参加できました。
PM8:30 終了後、夕食は向かいのラーメン店に直行、明日からの旅行に備えて早めにお開きで帰途に着きました。

PS
本日はPM1:30サクラカフェ、PM3:00マンション理事会で新役員の役割分担を決めました。
なんと70代、80代の方もいらして、「若い人が理事長をやってくださいね」と、あわや理事長候補に。
居住していないので無理ですと、やっとのことで広報担当に、理事長は欠席裁判で心苦しい思いが残りました。

2012-03-12

ポエムOB会がスタート

渋谷のホテル・レストラン
大原穣子先生と高岡岑郷先生を迎え、退職したポエムのメンバーが集まりました。

せっかく継続してきた「朗読」を続けたいとの思いを実現するためのスタート会議です。

両先生には都合の合う時に参加いただくとして、私たちは毎月1回、田園都市線沿線のマリドラ宅で午後2時間のおけいこを始めます。

昼間の時間帯なので、嘱託で頑張っている仲間はお誘いできませんが、まずは始めの一歩。


両先生が揃えば、「国民学校一年生の会」の友人の消息が話題となります。
さらに東京大空襲・戦災資料センターの運営委員の高岡先生からは、朗読劇「死んでもブレストを」のご案内。原作は私の高校の先輩でもある早乙女勝元。3月24日なので、ピンヤさんの送別会とバッティングで、残念ながら参加できません。
大原先生は、情報誌Leila に掲載された演出家・栗山民也の「わたしのおしゃれ」についての文章「日々、新しい自分を見つけ、出会うことこそ、おしゃれだなと、わたしは思います。」を紹介してくださいました。

2012-03-05

群読 日本国憲法

俳優座稽古場
俳優座の5階稽古場で行われた第2回の練習。
1回目の練習はちゃま2のみの参加だったので、
今日初めて参加した私は、全体の構成を把握するのに大わらわ。

2ページにわたる修正個所を台本に書き込み、
Ⅰの役者さんのやりとりをお浚いして、Ⅱの群読
練習にはいります。

舞台下手から登場する私たちと、上手から登場する一団の他、1人で朗読する役者さん(俳優座と青年座?)、数名の群読者、そして元気な高校生(中学生)の女の子達。

今日のメイン練習は立ち回り、声を揃えての群読の練習はまだこれから。
少々風邪気味にもかかわらず、練習が終わるとお腹がすいて土風炉へ。
それがいけなかったのか、喉が痛い、いやな予感。

PS
俳優座の「群読日本国憲法」第5回の練習日が追加されました。
3月26日(月)18:00~21:00 赤坂区民センター3階ホールにて舞台上で稽古。

2012-02-24

俳優座劇場で憲法の群読を!

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「俳優座9条の会」と「みなと・9条の会」が3月28日(水)PM6:30から、六本木の俳優座劇場で、「憲法9条を守る1点で手をつなごう」集会を開催します。
その中で、「日本国憲法」を群読する出演者を一般公募しました。

ちゃま2に誘われ、マリドラさんと応募したのですが、練習に3日以上参加が出来る人という制約つきです。
第1回目の練習が昨日あり、ちゃま2が代表参加してきました。


「俳優座9条の会」は俳優の加藤剛が代表で、当日は彼も出演します。演出は安川修一。
練習はなかなか大変。練習の毎に変更がありそうなので「今後は全日程参加がベター!」とのこと。
練習日程は3月5日(月)PM6:30~9:00、3月11日(日)PM1:30~4:00、3月17日(土)PM6:30~9:00、
当日3月28日(水)PM1:00~6:00  

かって、私の所属する「朗読サークルポエム」は、大原穣子先生と日本国憲法前文と9条を朗読してCDを出しているのですから、頑張らなくては!とお互いを励まし合いました。

2011-11-14

手紙 ~親愛なる子供たちへ~

ポエムの「練習会」が25日に行われます。
退職組でちゃま2宅に集まって相談し、現役組に呼びかけてプラザで開催することになりました。
嘱託で残っているクリちゃんから会議室の確保と、現役組の参加状況のメールが来ましたが、
なかなか参加は難しそうです。

一緒にやるのが難しければ、退職組だけでも「はじめの一歩」を踏み出そうというのが11月25日です。
クリちゃんから「読む詩を連絡してください」というメールが届きました。
プログラムを作ってくれるそうです。感謝!
私は樋口了一さんの「手紙」を読もうと思います。

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手紙 ~親愛なる子供たちへ~

年老いた私がある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように
見える私の心へと 励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の
準備をしている私に 祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったなら

あなたがか弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して 支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで私には勇気がわいてくるのです。

あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ 愛する子供たちへ

2011-09-28

ポエム3人で朗読練習

今日はシド美容室でカットの後、マリドラ宅でちゃま2と3人で「おまえと母さんの道」の朗読練習をしました。
のんちゃんも登場して、北海道慰安旅行のお土産話を聞きました。
百戦錬磨のおばさん達、失礼!セールスレディの中で、営業成績を上げて表彰されるなんてやりますね!
のんちゃん、どんな家庭を築くのでしょうか。
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おまえと母さんの道

滝いく子
いってらっしゃい!
と、大きな声で叫んで
わざと肩を張るようにして保育室に消えたおまえの
こころのどこにも淋しい穴がないなどと
母さんには 思えない。


泣きじゃくりつつ
あきらめの睫毛をふるわせて
けれど にぎりしめたスカートの裾を
なかなか離すことのできなかった
おまえの小さな掌のちからを
もう何年も 母さんは忘れない。


電話よ 鳴りませんように
けがや病気や孤独や不安が
おまえを苦しめていると知らせる電話よ
どうぞ 今日も 鳴らないように。
女だから 子どもがいるから
仕事が中途はんぱだなどとは
いわせない
そのためにおまえは健気に肩をはり
母さんは胸ふかく祈りを刻みながら
明るくソロバンをはじきペンをとる
電話よ 今日も 鳴らないように。


わかってくれるよねぇ おまえ
いつも走っている 母さんのこころ
仕事が遅れて残業にならないように
待ちつかれてうずくまる
ひとりぼっちのお残りさんにならないように
夕暮れの電車のきしみももどかしく
保育所の閉じかけた扉を押し開けるのを。


おまえが笑って母さんの手を握るのが嬉しい
疲れきって保母さんが
それでもやさしく送り出してくれるのが嬉しい
けれど日が暮れて こうやって手をつなげば
おまえのこころの穴は埋まるだろうか
走りつかれ まもりつかれた
母さんや 保母さんの
こころの穴は 埋まるだろうか


ねえ おまえ
保母さんにお休みの時間をあげたいね
たくさんの保育所のたくさんの保母さんに
交代で元気に働いてもらえるように。
母さんが馬のように走らずに暮らせるように。
気がねと心配のない仕事ぶりで
働く母さんをみんなに知ってもらえるように。


夕暮れの道をこうやって
話しかけたり 考えたりして帰っていく。
たくさんの母さんたちがせかせかと
疲れた肩をすぼめながら
申し訳けなさそうに頭を下げて通った道を


どの母さんも のびのび笑って通れるならば
ほんとうに穴は埋まるだろうと
やさしく指を絡ませながら
今日もこうして帰っていく。
おまえと母さんの
この道を。