最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

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2017-10-12

斉藤嘉璋さんの【呼びかけ】戦後日本の大きな岐路となる総選挙を迎えて

私の元職場・日本生協連の仲間たちが中心になって活動している「生協だれでも9条ネットワーク」の呼びかけ人の一人・斉藤嘉璋さんが、このほどネットワークのブログにアップした「戦後日本の大きな岐路となる総選挙を迎えて」の文章を転載させてもらいます。

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安倍首相の疑惑隠しと政権延命のために、急遽、首相の解散権を悪用して設定された総選挙が告示されました。戦争法をはじめとする憲法違反の悪法に対する私たち市民と立憲野党の共同しての闘いと森友・加計疑惑のもとでの都議選の敗北などで追い詰められての解散であり、私はこれを安倍政権と改憲勢力に立ち向かうチャンスと考えました。しかし、希望の党の立ち上げと民進党の合流、立憲民主党の結成といった事態が発生し、総選挙は自民・公明と改憲野党の希望・維新に対する立憲・共産・社民の護憲野党の対決という構図になってきました。
 自民党が初めて選挙公約に憲法9条改正を明記し、希望と維新も憲法改正を全面に出したということは初めてのことであり、まさに日本の国の在り方・憲法の根幹が問われる総選挙になってきました。
 この選挙にあたり、「九条の会」は10/5付けで「戦後日本の歴史と憲法の岐路に立って」という声明を出しました。
 私はこの声明にあるように「希望の党や日本維新の会などとあわせ改憲勢力が3分の2を占める危険性がたかまった」と考えます。声明は「安倍改憲を許さないという声を挙げましょう」と呼びかけ、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」の「安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名」を3000万署名運動として取り組む提起をしています。
 私たちの仲間である「大学生協九条の会」も総選挙にあたり、10/6付けで事務局名のアピールを発表し、そこでは総選挙の取り組みの一環として各大学生協が進めている「ヒバクシャ国際署名」に取り組むことを掲げています。
 私たち「生協だれでも9条ネットワーク」は今回の総選挙にあたってのアピールなどを出すことについて世話人会などで論議をしていません。この間の打ち合わせでは「総選挙それぞれに頑張って、11月3日の国会包囲大行動後に拡大世話人会をもって、今後のことを論議しよう」ということになっています。
 この文書は私の個人的なものですが、皆さんが「九条の会」の声明などを参考に認識を新たにし、「九条の会」の提起する3000万署名や日本生協連はじめ各生協が取り組んでいる「ヒバクシャ署名」などに取り組むこともあわせ、この選挙戦に取り組まれることを希望するものです。
 「安倍9条改憲NO!全国市民アクション11.3国会包囲大行動」とその後の「集い」に多くの方が参加し、元気に今後のことを語り合えることを期待しています。
(2017.10.10)



2017-09-19

2年目の 9.19 国会行動








一昨年9月19日に安保関連法(戦争法)は強行採決。連日反対する人々が国会を包囲し、シールズの若者たちが自分自身のことばで語るスピーチを聴いていたことを思い出します。その中で「野党は頑張れ!」「野党は共闘!」のシュプレヒコールが沸き起こりました。それから2年、毎月19日には戦争法廃止の国会行動が続けられてきました。

そして今日、「総がかり行動実行委員会」と9月8日にキックオフしたばかりの「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」の共催による大集会が開かれました。夕暮れの国会前には1万500人の参加者が集まり、舞台では「イマジン」や「上を向いて歩こう」の歌が歌われ、集会のトップは4野党国会議員の挨拶でした。

参加した日本共産党の22名の衆・参両院議員を代表して志位委員長は、憲法に則る臨時国会の召集を3カ月も引き延ばし、さらに審議もせず冒頭解散を企む、安倍政権を倒すために野党は共闘しようと訴えました。

「市民連合」発起人の学習院大学教授・佐藤学さんは、2年前の絶望の選択肢は「市民と野党の共闘」これしかなかった、これが参議院選、都議選、新潟や宮城の選挙、2年間の政治を動かしてきたと語りました。

「安保関連法に反対するママの会」のママは、市民のできる意思表示として初めて参議院選挙のポスターを家に張り出しました。同じ思いのママが握手してくれました。「モリ・カケかくし解散」に勝つためには「市民と野党の共闘」しかありません。後悔しないために、だれの子どもも殺させないために頑張りたい、みなさんも一緒に頑張りましょうと発言しました。

「安保法制違憲訴訟の会」原告は、安保法制は憲法改正決定権である国民投票の権利を奪いました。安保法制は違憲であり、私たちは戦争を絶対に許さないと訴えました。

「生協だれでも9条ネットワーク」の旗の元、馴染みの仲間が集まりました。2年間弛まず旗を持って参加している藤原さん、いつもご苦労様です。


2017-09-06

米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー

ポスター画像

友人からのお誘いがあり、澁谷のユーロスペースで上映中の「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」を観てきた。息子に話すと市川亀治郎を連想したらしく、「いいな!舞台or映画?」と聞かれ、彼の世代では沖縄の瀬長亀次郎を知らないのも無理ないかと納得した次第。でもネーネーズがカメジローの歌を歌っているのよと言うと「へェー!知らなかったな」と。
最近あまり顔を見ないけれど、誰でも「ああ!あのキャスター」と思い起こす「筑紫哲也のNEWS23」でキャスターを務めた佐古忠彦の初監督作品。音楽は坂本龍一。

昨年春の「沖縄本島 3日間 辺野古・高江訪問ツアー」で訪れた「不屈館」の館長であるカメジローの次女のちひろさんが父の面影を語っている。
映画の最初に、現在の「辺野古新基地反対の県民集会」の様子が写され、「カメジローが戦った当時の沖縄返還!基地をなくせ!で一つになった15万県民集会の心を、この集会は引き継いでいます」というナレーションが胸に迫るものがあった。

27年におよぶ米軍占領下で、弾圧を受けても意志を曲げず投獄され、自宅の隣にある刑務所の独房に入れられ、毎日自宅の屋根を眺めていたというカメジロー。見張り塔が刑務所の外側にあり、「刑務所内ではなく我が家を見張っていたのでは?」というちひろさんのことばが嘘のような真実を語っている。

カメジローの演説には何万という人たちが集まり熱狂する。集会に潜り込んでいた元警察官も登場して彼のことばに打たれたと発言する。
「この瀬長一人が叫んだならば50m先まで聞こえます。この集会に集まった人々全員が声を揃えて叫んだなら全那覇市民まで聞こえます。70万沖縄人民が声を揃えて叫んだならば太平洋の荒波を越える」

米軍によって那覇市長の座を追われ、その後国会議員となって、沖縄返還協定に対して「これは沖縄人民が血の叫びで要求した沖縄返還協定ではない!」と国会で佐藤栄作首相を追求した。




2017-09-03

和光母親大会



和光市内で活動する各団体からのリレートークの後、元中央大学教授・横湯園子さんの「平和と女性の願い」の記念講演。
音響の設備の不調か関係のない音がバックに流れるという会場で、講演者の声が聞き取りにくかったのが残念でした。

戦前の「治安維持法」による弾圧で父親を亡くし、思想犯の未亡人として苦労した母親と沼津の大空襲で焼け出された経験を語る。
「特定秘密保護法」の制定、「集団的自衛権の閣議決定」と「安保法制」、戦争への道を歩み始めた日本に自分の心の中で警鐘が鳴りだしたと。

アイスランドでは、1975年10月24日男女平等を勝ち取るために、女性人口の90%が「女性の休暇」をとり、レッドストッキングを身につけて仕事も家事もしないストライキを行い、1980年には初の女性大統領も誕生した。現在もアイスランドは男女平等に関する調査で世界のトップの地位を占めている。

横湯さんは2015年、戦争を止めるために日本でも「女の平和・国会ヒューマンチェーン」を呼びかけ、赤いベレー帽、赤いジャケット、赤いマフラーを身につけて国会を包囲したそうです。今日の胸に付けた赤い花のブローチも赤いファッションの一つ。
新婦人のレッドアクションもこの流れを汲んでいるのでしょうか。

<追記>
今日の大会資料の裏ページに1975年から始まった「和光母親大会」の歴代の講演者の一覧が掲載されています。我が高校の先輩にあたる早乙女勝元さん(第1回)、朗読サークル・ポエムでの詩の朗読を許可いただいた詩人の滝いく子さん(第4回)、三上満さんは2度(第3回と第19回)、そしてポエムの指導者・大原穣子さんは2004年(第29回)に「平和を愛して憲法をお国ことばで語る」と題して講演されていました。先生、和光に来てくださっていたのですね感激です。


2017-08-15

終戦記念日に思う

 私が父方の祖母と暮らしたのは、小学校高学年の2年間でした。祖母は私が学校から帰ると戦争の話を度々してくれました。昭和天皇と同じ日に生まれたことがご自慢の祖母は、筋金入りの軍国の母でした。3人の息子を軍人に育てることが彼女の生きがいでした。次男の父と三男の叔父は海軍兵学校に進んだものの、長男の伯父だけが軍人を嫌い、大学で演劇を学んでいました。祖母は「好きなことをするなら、まず御国のために戦って来てからにしなさい!」と言い渡し、招集令状が届く前に「いの一番」で志願させたそうです。伯父はフィリピンで戦死しました。兵站も確保されない戦線で、戦死者の多くは餓死だったと言われています。

 伯父が残したのは爪と一通の手紙でした。祖母が大切にしていた手紙には「泣くな 嘆くな 必ず帰る 桐の小箱に錦着て 会いに来てくれ九段坂」という歌が書かれていました。これは「陸・海軍礼式歌」であることを後になって知りました。歌の最後には、腰の曲がった祖母が杖をついて靖国神社にお参りする姿が描かれていました。死ぬ覚悟で出征した伯父の思いが込められた手紙を、祖母はどんな思いで孫の私に見せたのでしょうか。

 一方、父は海軍で終戦を迎えました。3人乗りの潜水艇で敵の戦艦に体当たりする予定でしたが、故障で軍港に引き返した時に広島に原爆が落とされ、再び出航することはありませんでした。祖母は敗戦の報を聞いた時、父は戦死せずとも生きては帰っては来るまいと覚悟したそうです。

私は祖母に教えられた歌の中で「戦友」という軍歌が気に入り、「ここは御国を何百里」と、長い歌詞を覚え祖母と一緒に歌っていました。「ソ連が不可侵条約を破って攻めてこなかったら、この戦争で負けなかったら、お前は軍人の娘として何不自由のない暮らしが出来たのに!」と言うのか祖母の口癖でした。

 その頃の祖母と同じ年齢になった私は、「絶対に父や伯父のような青年を生んではいけない」「息子たちに、孫たちに同じ道を歩ませてはいけない」と強い想いで迎える8月15日です。今年も千葉市の「平和公園墓地」に眠る祖母と伯父と父のお墓参りに行ってきました。終戦を海軍兵学校で迎えた三男の叔父はまだ健在で、お墓を守っています。


2017-08-12

焼き場に立つ少年


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原爆投下後の長崎で、亡くなった幼子を背負う「焼き場に立つ少年」。この写真を撮影した米国の従軍カメラマンをたどった著書が出版されました。
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という朝日新聞ニュースを私はFacebookでシェアしました。
「焼き場に立つ少年」の掲載されているオダネルの写真集「トランクの中の日本」、私も購入しました。とのコメントをつけて。

すると、ネパールのクリシュナ夫人のウルちゃんからコメントがつきました。彼女はFacebookでこまめに情報を発信しています。
彼女は日本語を勉強中で、ローマ字なら簡単な日本語がわかります。ネパールで滞在中、息子は彼女にネパール語を教えてもらい、彼女に日本語を教えていたそうです。
そしてコメントの後に、泣いているスタンプが付きました。私も猫と一緒に号泣している女の子のスタンプを付けました。
コメント
Urmila Bohara Dokono syasin Harada sama
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原田 裕子 1945.8.9 Nagasaki
genbaku de sinda otouto wo yaku junban wo matteiu
otokonoko
管理する
Urmila Bohara Aa soudesuka taihen ne
削除
Urmila Bohara Arigatou Harada sama

返信昨日 10:54


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返信8月11日 18:54
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返信8月12日 14:42
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2017-07-30

2017 平和のための埼玉の「戦争展」


今年も、”過去と向き合い 平和・友好の未来をさぐる”  埼玉の「戦争展」が浦和のコルソ7階ホールで7/29-7/31で開催されていました。今回はいつになく夏休みの宿題制作のために訪れている高校生の姿が目立ちました。また説明者も数多く配置されていて、パネルを読んでいると声をかけられ詳しい説明を受けました。
従軍慰安婦や関東大震災時の朝鮮人大虐殺の写真展示の隣には、対称的な朝鮮と日本の歴史的な繋がりや文化の伝道を説明したパネルもあり、「志木」、「白子」、「新倉」という地名が朝鮮のことばであることが記述されていました。憲法カフェと共催した1年前の教研集会での「和光市の歴史」の講演で知ってはいましたが、改めて身近に感じました。
昨年10月に関東大震災当時の朝鮮人の虐殺の模様をメモした貴重な手帳が民家で見つかったそうです。Eテレで放送された「関東大震災の悲劇は何故起きたのか」という番組がビデオコーナーで上映されていました。
原爆の写真展示では、高円寺で最近開催された女優達による朗読「夏の雲は忘れない」で紹介されていた米従軍カメラマンだったジョー・オダネルの作品「焼き場の少年」の写真も展示されていました。



2017-07-08

女優達による朗読「夏の雲は忘れない」


「核兵器禁止条約」が国連で採択された歴史的な日でした。十数年ぶりに原爆の体験を綴った詩の朗読会に参加しました。
昔、木村光一の演出による朗読劇『この子たちの夏』を幾度か観に行った記憶があります。主催していた「地人会」が解散した時、出演していた女優さん達がこの活動を引き継ぎ、『夏の雲は忘れない』として、全国各地で朗読会を開催してきました。
職場の朗読サークルに入っていた私は、ヒロシマ・ナガサキ「虹のひろば」に代表派遣される労組の仲間たちの壮行会で原爆の詩を読みました。
今回、朗読された「生ましめんかな」も感極まりながら朗読した一篇です。
原爆詩人・栗原貞子の作品。
原子爆弾の負傷者たちで埋まる地下室で若い女が産気づき、闇の中から
「私が産婆です。私が生ませましょう」と言う重傷者の声がする。新しい生命は生まれ、血まみれで産婆は死ぬ。
「生ましめんかな、生ましめんかな、己が命捨つとも」
被災の体験を綴った、母親、子ども、先生、いずれの詩も、なぜこの人たちがこのような目に合わなくてはならなかったのか、答は見つからない。
今年の朗読会は十周年記念ということで、米従軍カメラマンだったジョー・オダネルの写真がスクリーンの中で紹介された。直立不動の姿勢で、死んだ幼子を背負って荼毘にふす順番を待つ少年の姿は、「原爆写真展」などでも忘れられない写真の一つで、私はポスターを持っています。
原爆投下直後のヒロシマ、ナガサキの航空写真は、今、新聞やTVで見るモスルの比ではない、どこまで行っても瓦礫しかない死の町です。
ジョーの写真集「トランクの中の日本」を購入しました。かつてホワイトハウス付きカメラマンだった彼が、体調を崩し退職したのは、死の街を撮影して歩いたことによる原爆症のようなのです。在郷軍人やマスコミの論調で中止させられた「スミソニアン博物館」での幻の展示をこの写真集で見ることが出来ます。



2017-06-13

共謀罪を廃案に! 安倍改憲NO! 6・13市民集会



日比谷野外音楽堂と言えば、”防災の関係上、入場を止めさせたいただきます”と、何度入場制限に引っかかったことでしょう。今日は一人なのでどうしても中に入らなければと入り口に続く長蛇の列に並びました。
途中から雨も降りだし、野党4党の発言者たちのアピールにも熱が入ります。最後にプラカードを掲げた舞台と会場が一体となって、共謀罪法を絶対通すな!と声を合わせました。
退場時、入り口付近で待っていてくれた「生協だれでも9条ネットワーク」のメンバーと巡り合い、「若いんだから東京駅まで歩いて!」と先輩に託され、あじさいの咲く並木道を声を上げながら行進しました。駅地下では美味しい干物定食+αが待っていました。






2017-06-04

オール埼玉総行動 6/4


北浦和公園で開催された、「安保関連法」廃止!集団的自衛権行使容認「閣議決定」撤回を求めるオール埼玉総行動実行委員会主催の総行動は、13,200人が集まりました。
現地では「生協だれでも9条ネットワーク」の藤原さんをはじめ、懐かしい協同研の菊池さんの顔も見られました。



会場で、面白い「百人一首」とボブ・ディランの替え歌を見かけたので紹介します。

<百人一首>
 「今はこむと いいしばかりに 長月の 連合政府を 待ち出づるかな」
 「永田町 渡る公明 かじをたえ ゆくえも知らぬ 仏のみちかな」
 「吹く風に 民のふところ しをるれば むべ山風を 消費税といふらむ」
 「あべのみくす いく野の道の 遠ければ まだ賃上げも見ず あまたの人々」

<風に吹かれて 世論に吹かれて>
 「どれだけ年金を減らせば 軍事費を増やせるの
      どれだけ税金を増やせば 原発は動かせるのか
          どれだけ機動隊を増やせば ヘリパットはできるか
              答えはアベー 世論の中にある」

 「どれだけ三本の矢を放てば 景気は良くなるの
      どれだけ嘘を重ねれば 九条はこわせるの
          どれだけマスコミを操れば 憲法は変えれるの
              答えはアベー 誰も許さない」

 「どれだけ声を上げれば 政治は良くなるの
      どれだけたくさん歩けば 平和は築けるの
          どれだけこぶしを振り上げれば アベは倒せるの
              答えはアベー世論の中にある」
  



2016-07-31

埼玉戦争展





「戦争とメディア」の展示では、当時のメディアは「満州事変は自衛のためだから不戦条約違反でない」と報道し、国民は南京虐殺も知らされなかった。漫画も国民を戦争に誘導し、戦争一色となった婦人雑誌の記事が紹介されていた。

 そして現在、「脅かされる報道の自由と政権によるメディアへの介入」のコーナーでは、安倍首相のマスメディア幹部との会食年表と単独インタビューの年表(2015年)が比較展示されていた。参院選挙期間中は徹底した争点(改憲に賛成か反対か)隠しをしておきながら、投票日翌日の朝刊一面のトップ見出しは、どの新聞も同じように「改憲勢力3分の2」の文字が踊っていた。

「放送法」は、戦前・戦中の反省にもとづき放送の自由を保障するために制定されたにも関わらず、「政治的公平性(4条2項)について判断し、電波停止もありうる」と言い放った高市総務相発言を菅官房長官も安倍首相も容認した。

午後からのイベントコーナーは武蔵大学教授・永田浩三さんのトーク。「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」の元プロデューサーと案内されては聞き逃す訳にはいかない。狭い会場でイスも足りず、フロアにジベタリアン状態で興味深い話に耳を傾けた。
6時の記者会見後のニュース7、ニュースウオッチ9の安倍首相の生出演は政府広報部。

②「クローズアップ現代」:昨年7月3日、集団的自衛権の行使容認について国谷裕子キャスターが菅義偉官房長官に質問する構成。放映後に首相官邸からNHKに抗議が入り、「クローズアップ現代」は時間帯もキャスターも変えて「クローズアップ現代+」としてスタート。

③ETV特集2001番組改変事件:慰安婦問題を取り上げた番組に当時の安倍晋三官房副長官がNHK幹部を呼び出し、「公平・中立にやってほしい」「お前、勘ぐれ」と発言。慰安婦の証言が削除される。



2016-05-29

5.22オール和光パレード


和光の駅前の「せせらぎ公園」に和光から声を上げようと集まった市民。「戦争させない!9条まもれ!選挙に行こう!」和光在住の法政大学教授の中沢けいさん、憲法カフェでお世話になっているあすわかの弁護士・長谷川悠美さんのメッセージを受け、参加者は樹林公園まで市内をパレードしました。




2016-01-28

「戦争廃止 辺野古新吉建設阻止の国民的合意を」



友人である藤原さんが関わる「連帯・共同21」の主催するシンポジウムに参加しました。1月28日午後6時、参議院議員会館・講堂の参加者は170名。司会は主催団体の共同代表で、「九条の会」事務局長の東大教授・小森陽一さん。

パネラーの「明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)」の共同代表・黒澤いつきさんは、自民党の憲法草案が出た2013年、最大の危惧をもって「あすわか」を立上げたと言います。フェイスブックやブログなどSNSで発信活動を行い、「知識という武器をもって、自分の頭で考える主権者になろう」と、今までの学習会とは異なる「憲法カフェ」活動を進め、全国に大きく広まっています。

私もママ友4人で昨年8月に「憲法カフェin和光」を呼びかけました。市内在住のあすわかの弁護士・長谷川悠美さんに講師を依頼し、3月12日(土)午後1時半から本町コミセンで第3回「憲法カフェ」を開催予定です。

「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の呼びかけ人の一人である上智大教授・中野晃一さんは、2014年12月に「総がかり行動実行委員会」が出来たことが大きかった。「シールズ」「ママの会」「学者の会」の活動も継続している。
学者たちは自分たちが教えたかった若者たちが現れたことで、大はしゃぎをしていると自身も嬉しそうに穏健保守層と共に野党は共闘して、参議院選挙に臨もうと話された。

「シールズ琉球」の元山仁士郎君は国際キリスト教大学の学生で普天間高校の出身。昨年は辺野古に支援に行き、今年は宜野湾市長選挙を体験したそうだ。
シムラ候補の出馬表明が遅れ、オール沖縄・革新基礎票に加えるプラスαを、相手陣営から切り崩すことが出来なかった。現職候補は経済政策、企業側の応援を得て、基地と生活を共にする20代の若者から票を集めた。普天間基地を一刻も早くなくし、辺野古新基地を作らせない運動を広めたいと訴えた。

小森陽一さんは、組織された人でない広がりの中でSNSの果たす役割は大きかった。国会前では自然発生的に「野党は頑張れ!」「野党は共闘!」と声が上がった。運動の広がりの分岐点は、何と言っても6月4日の国会での憲法学者3人の「安保法制は違憲」発言だった。保守・革新の枠組みからフリーになり立憲主義を取り戻そうと結ばれた。

色々な視点からの発言を聞き、一致できる人々の輪を1回りも2回りも広げることが重要と痛感したシンポでした。


2015-09-20

NO MORE BASE FES



安保法制(戦争法)が成立した翌9月20日代々木で行われた講演会に参加しました。これは沖縄の辺野古基地建設に反対する一点で集まった若手弁護士たちの主催です。8月に若いママたちが集まった「憲法カフェin わこう」の講師を引き受けてくださった長谷川悠美弁護士もメンバーで、受付をされていました。

前半は写真家の森住卓さん。占領下で少女が戦車にひき殺された事件、復帰後の少女暴行事件、国際大学へのヘリコプター墜落事件などの写真。竜宮城のような辺野古の美しい海の写真。そして国会前のシールズの写真を映写しながらお話してくださいました。

後半は一ッ橋大学名誉教授の渡辺治さん。なぜ安倍内閣は安保法制(戦争法)、辺野古基地建設に執念を燃やすのか?彼はけっして「いいだしっぺ」ではなく、米国が要求し続けてきて歴代の総理ができなかったことを今、実行しようとしている。

安保法制(戦争法)の成立により、日本は米国の戦争に加担可能になり、日本の大企業が全世界の市場で儲けられる。100人以上の財界人をお供に55カ国を歴訪し原発を売り込んだ安倍総理。国民皆保険体制の解体、労働者派遣法改悪、法人税軽減は大企業の負担を軽くし、強い経済大国を確立するためである。
安保法制案(戦争法案)阻止の行動の中で、今までにない共同ができた。これを力に、これからが正念場であると結ばれた。

この間、国会に何度も足を運び、人々の連帯を実感した私にとって、この言葉は胸にストンと落ちた。折しも国連人権理事会に沖縄の基地問題を訴えている翁長知事。戦争法を廃案にする行動と基地建設反対の行動が両輪となる日も近いかもしれない。



2015-05-31

集団的自衛権の行使容認の閣議決定撤回を求める埼玉総行動





国会での「戦争法案」の審議入り後はじめて日曜日。真夏日の北浦和公園で開かれた「集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を求める埼玉総行動」に1万人を超す人々が参加しました。電車の遅延もあり、人波をかき分け会場に辿り着くと、交通事故のリハビリ中のOさんは、すでに噴水広場の池の縁に座っていました。ここ数カ月体調を崩して外に出られなかったMさんも「集会に参加したい!」の一心で、電車を乗り継いでここまで歩いて来たと嬉しそうに話します。

集会のゲストスピーカーである元自衛官の泥憲和さんは「安倍首相をはじめとする一部の人たちには戦争は悲劇でない。新しい需要を生み出す破壊。武器が飛ぶように売れ、富と幸せをもたらす。死ぬのは他人でしかない。それを私達に悟られないためにペテンではぐらかせて戦争に引きずり込もうとしている。立場の違いをこえ手を取り合い、目の前の憲法の危機、平和の危機を打ち破ろう」と訴えました。

もう一人のゲストの鳥越俊太郎さんは「安倍政権の元で戦後70年の平和国家は空中分解されようとしている。憲法9条を日本の礎に、全国レベルで自・公の策謀を大衆のうねりで打ち破ろう」と病床から手書きのFAXを寄せられました。

日経新聞や毎日新聞の世論調査でも、今国会での「戦争法案」の成立に反対する人が過半数を占めています。衆院憲法審査会では与党を含めて合意した参考人(憲法学者)全員が「戦争法案」は違憲と表明しました。
13日には「STOP安倍政権!大集会」が東京臨海広域防災公園で開催が予定されています。先月21日からは国会前行動もはじまっています。国会での審議に呼応して、私たちも民意を示していきたいものです。


2015-02-03

「いのち 平和 憲法9条」2.3 埼玉大集会





本集会の呼びかけ人の一人である元生協役員の大友さんからのお誘いもあり、埼玉会館大ホールで開催された「集団的自衛権を行使容認した閣議決定撤回を!~いのち 平和 憲法9条~2.3埼玉大集会」に参加しました。

折しもイスラム国の「日本人人質事件」の悲しい結末を利用して、日本を再び「戦争をする国」にする策動が、今国会でも着々と進められようとしています。

小森陽一さん(東京大学大学院教授・九条の会事務局長)の講演「憲法九条をめぐる運動の正念場」では、開口一番、安倍首相の積極的平和主義が後藤健二さん殺害の要因だと指摘されました。

私も昨年の9月24日のラジオ番組で、後藤さん自身が次のように語っているのを聴きました。「ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下、空襲による焼け野原からの復興、技術大国となった日本は戦争をしない国だと中東では共通認識をもっています。でも安倍さんが米国の空爆を支持すると演説すれば、日本は同盟国と見なされ、テロとか誘拐事件に巻き込まれる、それがバロメーターです。」まさに、それが現実となりました。

解釈改憲による「戦争をする国」の現段階を歴史的にとらえる項目では、戦後史さながらの授業で、「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定(全文)が配られ、熟読する宿題が出されました。

2004年、九条の会発足当時の世論調査では改憲支持が65%、改憲反対は22%、現在は改憲反対が過半数を占める状況です。草の根の運動で安倍政権に終焉を!と小森さんは締め括られました。