最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

2017-07-12

STOP安倍政治 緊急シンポジウム  改憲を許さない市民集会


7/12なかのZEROホールで行われた緊急シンポに参加しました。主催は「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」。会場には900名を越す参加者が集まりました。

第Ⅰ部 講演「立憲主義と議会政治を守るための戦いを」山口次郎さん
    映し出されたレジメの項目は、まさに今の安倍政治の本質を言い表しています。
第Ⅱ部 パネルディスカッション「安倍流改憲とどう戦い抜くか」
    パネリスト:長谷部恭男さん、香山リカさん、佐藤学さん、進行 山口次郎さん

パネラーの発言に会場から同感の拍手とどよめきが起こり、舞台と客席が一体化した楽しいパネルディスカッションでした。香山リカさんの率直な意見に共鳴したり、安倍首相の憲法九条の1項、2項を残し3項に自衛隊を明記するという改憲案に対する長谷部恭男さんの再三発言される見解は、一途な憲法学者を彷彿させました。中野晃一さんの代役で登場した佐藤学さんは、市民連合発足前を振り返り、”野党は共闘”を生み出した秘話をご披露して会場を沸かせました。
会場で見かけた「生協だれでも9条ネットワーク」のメンバーに追いつけず、お気に入りとなった更科そば屋でひとり夕食を食べて帰りました。




2017-07-11

和光市内探索 古民家・長照寺


ふるさと民家園は、東京外かく環状線の建設時に解体された古民家の部材一式を移築復元したものです。この民家が作られたのは300年前と推定されていて、県内最古の部類に入る建物だそうです。
今日は和光市駅北口の区画整理事業の進捗状況の説明を受けた後、暑い中を歩いて民家園まで辿り着きました。古民家では担当者の方からレクチャーを受け、長照寺で天然記念物の大銀杏を見学して、冷たい生ビールで喉を潤し昼食を頂きました。





2017-07-10

シャクティ・サムハのリナさん


3月のスタディツアーでシャクティ・サムハを訪問した時、作業所のリナさんには残念ながらお会いすることが出来ませんでした。子育て真っ最中の彼女は帰宅時間が早かったようで、坊ちゃんも10カ月ぐらいになっているのではないでしょうか。
彼女は5年前、さをりリーダース・コミティのボランティア大学の留学生として、1カ月間大阪のさをり本部でさをり織を習得しました。シャクティ・サムハは人身売買の被害者の当事者組織で、被害者の心のケアとしてさをり織を取り入れています。
息子は帰国直前に元Awepの大森さんの依頼を受け作業所のリナさんを訪ねました。
昨年私が訪問した時も壊れた織り機があったのですが、今回はさらに織り機が壊れて使えない状態のものがいくつもあったそうです。これでは使える織り機がなくなってしまうのではないのか心配です。壊れたものを修理できないかというのが大森さんの相談ごとでした。









2017-07-08

女優達による朗読「夏の雲は忘れない」


「核兵器禁止条約」が国連で採択された歴史的な日でした。十数年ぶりに原爆の体験を綴った詩の朗読会に参加しました。
昔、木村光一の演出による朗読劇『この子たちの夏』を幾度か観に行った記憶があります。主催していた「地人会」が解散した時、出演していた女優さん達がこの活動を引き継ぎ、『夏の雲は忘れない』として、全国各地で朗読会を開催してきました。
職場の朗読サークルに入っていた私は、ヒロシマ・ナガサキ「虹のひろば」に代表派遣される労組の仲間たちの壮行会で原爆の詩を読みました。
今回、朗読された「生ましめんかな」も感極まりながら朗読した一篇です。
原爆詩人・栗原貞子の作品。
原子爆弾の負傷者たちで埋まる地下室で若い女が産気づき、闇の中から
「私が産婆です。私が生ませましょう」と言う重傷者の声がする。新しい生命は生まれ、血まみれで産婆は死ぬ。
「生ましめんかな、生ましめんかな、己が命捨つとも」
被災の体験を綴った、母親、子ども、先生、いずれの詩も、なぜこの人たちがこのような目に合わなくてはならなかったのか、答は見つからない。
今年の朗読会は十周年記念ということで、米従軍カメラマンだったジョー・オダネルの写真がスクリーンの中で紹介された。直立不動の姿勢で、死んだ幼子を背負って荼毘にふす順番を待つ少年の姿は、「原爆写真展」などでも忘れられない写真の一つで、私はポスターを持っています。
原爆投下直後のヒロシマ、ナガサキの航空写真は、今、新聞やTVで見るモスルの比ではない、どこまで行っても瓦礫しかない死の町です。
ジョーの写真集「トランクの中の日本」を購入しました。かつてホワイトハウス付きカメラマンだった彼が、体調を崩し退職したのは、死の街を撮影して歩いたことによる原爆症のようなのです。在郷軍人やマスコミの論調で中止させられた「スミソニアン博物館」での幻の展示をこの写真集で見ることが出来ます。



2017-07-01

工業用ミシンをゲット


ミシンが動かなくなり、さをりの作品が縫えないとあわてて修理したばかりだったのですが、その修理店を紹介してくれた協同研のメンバーが、ミシンを配置していた下請けの方が施設に入居するので、そのミシンを回収して譲ってくれるというのです。夫さん兄弟が2人がかりで重い工業用ミシンを我が家に運び込んでくれました。感謝!
その後、和光へ回り母の書道の本や辞典を持ち帰ってもらいました。中年になって夫婦で同じ趣味を持とうと始めた書道で、以前は筆や紙や硯をお分けしたのですが、かな文字も上達してきたので書籍も大変喜んでいただけました。
ところで工業用ミシンは直線縫いだけの単機能で、何せ縫う速度が速い!工場などで時間を競う作業用のため、ペダルを優しく踏んでゆっくり縫えるようになるのが課題。また糸通しがさらに複雑で、マシンの下のプールに大量の油を満たしていて、マシン全体に油を浸透させて動かすという作りになっています。宝の持ち腐れにならぬように、頑張って技術をマスターしなければなりません。