最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

2011-02-10

首都圏は雪予報

乾燥注意報が連続していた首都圏に雪の予報が出ています。
インフルエンザや火事が猛威を奮う中で、待ちに待ったお湿りですが、首都圏は雪化粧でも足を取られたり、車がスリップしたり、ダイヤが乱れることが必至と思われます。
明日の「無心に織る展」もディナーも、早速その余波を受けて、今夜から雪が降り積もれば来れない人がいます。

ところで我が職場でも、若い人の間でインフルエンザA型の感染者がチラホラ。
今年の流行は、30代~50代の働き盛りが要注意との報道がありましたが、なぜか20代の若者がお休みしています。
どちらにしても60代となった我らには免疫があるようで、安心していてよいのでしょうか。


生協研究家:西村一郎さんのブログがスタート
今日、彼は突然、私の職場に現れました。
新しいブログのデザインやカテゴリーの作り方がわからないとつぶやいて帰りました。
現在、彼が書いた「コープソリューション連載記事」が10アップしています。
興味ある方は覗いてみてください。
http://www.nishimuraichirou.com/

2011-02-09

「広重の富士」謎の解明


赤坂治績著「広重の富士」を読了し、テーマである「広重は世に出てから晩年までの二十年間、なぜ富士シリーズを描けなかったのか」の謎が解き明かされました。

当時の版画は多額の資金が必要なため、製作資金の出資者兼出版プロデューサーである版元の意向に沿うものしか製作できないという現実があったのです。

原画の代金はべらぼうに安かったと言いますから、名所絵で売れていた広重が、たとえ富士シリーズを描こうと考えても無理なことだったのでしょう。


版画ができるまで

  ①     版元が商品として浮世絵版画を企画
  ②     企画に相応しい絵師を選んで原画作成を依頼
  ③     彫師が版木を作成
  ④     摺師が版画を摺る

版元が富士シリーズを企画するには、富士登山ブームと幕府の施策という背景がありました。

①     富士登山ブーム(富士講・山岳信仰)
②     寛政十二年(1800年)幕府は庚申の年(6/1~8/30)に限って女性の富士登山を認める。
③     天保初年(1830)に制作された葛飾北斎の「富嶽三十六景」の版木は20年以上経ち消耗している。
④     安政五年(1858年)第2次富士登山ブーム。

版元である蔦屋吉蔵が広重に作画を依頼し、広重は「富士三十六景」を描く。
安政五年(1859年)9/6、61歳で没する。(コレラ?)
安政六年秋、広重の一周忌「富士三十六景」出版される。

2011-02-08

グルメ


昼休みに「知平の徒然草」をのぞくと、中国湖南料理「雪園」京橋店の
「土・祭日のコース料理」半額の文字が飛び込んできました。
2月11日は建国記念日で祭日です。
図らずも、代々木のSAORI東京で開催される「無心に織る展」の初日です。

いつもの4人で行くので、早速URLを送信して皆さんの意見を集約すると、ランチにするか、夜のおすすめコースに
するか迷いましたが、やはりゆっくり夜のコースを楽しもうという結論が出ました。
ちょっと遅くて、電話予約は出来ませんでしたが、明日にでも早速予約します。
これからも「知平レストラン」で、私たち向きの美味しくてリーズナブルな価格ラインのお店を紹介してください。

前菜4種盛合せ
フカヒレとたらば蟹のスープ
若鶏の湖南式辛し炒め      
芝エビとホタテと季節野菜の雪園ソース
自家製ハムの蜂蜜ソース
 ~ふわふわのパンに挟んで~
活魚の青唐辛子蒸し
湖南特製竹筒スープ
高菜チャーハン
季節のデザート、ゴマ団子
 

2011-02-07

母 オモニ

姜尚中の「母 オモニ」を読み終えました。

彼は最近、テレビでの露出度も増え、専門分野以外にも芸術分野のパーソナリティとして登場しています。
討論の場面でも、静かな物言いなのに、誰にも口を挟ませない、説得力のある話しぶりに感心することしきりです。
昔は生協大会や組合員集会などの講師として、度々依頼していた記憶があります。
今でも印象に残る、やや斜に構えたポーズの写真が案内によく使われていました。

「母オモニ」は、会話が熊本弁で書かれているため、耳慣れたことばとしてスンナリ入って来るのです。
何故かとい言うと、職場の親しい女友達は九州出身者が多く、また高校時代の親友は私を含め皆、九州男児と結婚しているという偶然からか、イントネーションが自然に聞こえるのです。

プロローグには、次のようにあります。
 母。それは、いつの時代も子供たちの心を虜にせずにおかない。幼少の頃、子供以外の何者でもなかったすべての者にとって、母は絶対的な存在だったはずだ。たとえそれが、激しい愛憎をともなっていたとしても。
 とりわけ、息子たちにとって、母は「女」ではなく、あくまでも母でなければならない。息子から「男」になり、「女」と交わり、父親になってからも、息子たちは、母が、「女」であったことを認めようとはしない。それほど、母という言葉は、息子たちの心を尋常ならざるものにしてしまうのだ。
 そして母が単なる母にとどまらず、「オモニ」であるとすれば、息子たちは狂おしいほどの母への想いに心を焦がすに違いない。

全編を通して母・オモニに対する愛情に貫かれた記述です。
女の私としては理解しずらい部分でもあり、我が息子を考えるにも、すべての息子がこのようであるとは思えないのですが、男性諸氏 いかがなものでしょうか?

2011-02-06

SAORI ファッションショー

3月11日の「サークル合同追出しコンパ発表会」まであと1カ月。
今日はママ友のsayokoさんに半日付き合ってもらい、SAORIファッションショーの企画を練りました。

モデル(現役組)衣装
①ノースリーブのロングドレス(ayaya) 
②変わり織のベストスーツ(akemi) 
③段染め糸のテントワンピース(kayo) 
④エスニックパンツ(nakanori) 
⑤オーバーコート(sachiko) 
⑥半コート(miho) 
⑦大原先生の舞台衣装+高岡先生

卒業生衣装
①アベックベスト(chihiro tomomichi) 
②2010年のベスト(maridora,michiko+α)+マフラー(nishimura,mae) ③2009年のベスト(nabekatsu)・マフラー未定 
④2008年マフラー未定 
⑤2007年ケープ(tyama2+α)