最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

2013-03-20

埼玉資本論教室・修了記念文集


2月10日は最後の講座であり、内容は問わず、字数も問わない卒業レポートの原稿締切日でもありました。
その「修了記念文集」が完成して送られてきました。

あいうえお順に並べられた31名のレポートです。


今回の受講生は102名(男性75名、女性27名)、
修了者85名、全回出席者が29名でした。
最初に宮川彰講師のお祝いの言葉?5ページに渡る文章を寄稿していただいていました。
宮川講師は今年首都大学東京を定年退職されるそうです。




「 埼玉・資本論教室 」の1年余

一昨年の11月、埼玉会館でのガイダンスに参加したのは遠い昔のことのような気がします。
早いもので13回の資本論教室は今日の講義で終了です。
資本論教室に先立ち40年前に買った大月書店の「資本論」全5分冊を持ちだすと、昔学んだ証拠?か、アンダーラインや書き込みが第1巻第2分冊までは残っていました。
黄茶色になった本をめくると、東京労働学校「資本論講座」に通った当時の講師だった宮川實先生の自筆が第2分冊の表紙裏にありました。
「学問に平安の大道はない。その険しい小径をよじ登る労苦をいとわないものだけが、輝く絶頂に到達する仕合せをもつのである。 1971.5.13 宮川實」

 そんな折、私のブログ「SAORIKO日記」に「メタボ親父さん」からコメントがつきました。
彼は「資本論」を読んでいる人、読み始めようとしている人をインターネットで検索していて、私のブログを見つけてくれたそうです。
彼の「メタボ親父のグータラ日記」には、東京労働学校の「資本論講座」のガイダンスに行ったと書かれていました。
私が40年前に宮川實先生に学んだあの講座です。
今回の「埼玉・資本論教室」の宮川彰講師は、宮川實先生を義父と紹介されていました。
もしや親子では?と興味をもっていたのですが、納得です!

 ガイダンス後、予習になるかと「マルクスの手による資本論入門」を読んでみました。
これは1874年ドイツ人のヨハン・モストが書いた「資本と労働=カール・マルクス著『資本論』のわかるダイジェスト」というパンフレットに、マルクスが膨大な加筆修正を行い『資本論』第1巻の内容を労働者にわかりやすく伝える啓蒙書として発行したものだそうです。
表紙はマルクスが自筆で欠落部分を加筆した個所を図版化しています。

 1月の初回の講義では、「なにごとも初めが困難だということは、どの科学の場合にも言えることである。それゆえ、第1章、ことに商品の分析を含む節の理解は、最大の困難となるであろう。」というマルクスの序文を学び、心してかからなければと決意しました。
「死者が生者をとらえる!」という言葉は、「資本論」の中で何度も登場するそうです。「われわれは生きているものに悩まされているだけでなく、死んだものにも悩まされている。」とマルクスは言います。「資本は死んだ労働の遺産です」という講師の言葉に目からうろこで納得しました。

 3月末にひょんなことから左足首を骨折して、1カ月のギブス生活を余儀なくされてしまいました。ベッドで足を上げながら『革命家マルクスとイェニー』を読み、マルクス一家の極貧生活、幼い子どもを亡くした悲しみ、援助するエンゲルスとの交流、追放と著書執筆の過程、時代背景、そして妻イェニーの人柄などを知ることが出来ました。教室も休みDVDのお世話になりました。

 5月の講義では、「ビックマック本位制」が話題になりました。
1986年以来、毎年4月にマクドナルドのビックマックを基準にした各国通貨価値の国際比較統計が発表されているとのこと。
国の通貨の国際比較には、同じ物の値段を比較する必要がある訳ですが、世界中どこでも大量に売買されている商品となるとビックマックが最適なのだそうです。
世界118カ国で、ほとんど同じレシピで作られているからです。
講師曰く、難点は、ビックマックも単なる1商品ゆえ、各国各地域のそれぞれの市場価格変動にさらされるということだそうです。

 7月の講義では宮川講師の机の上に、一輪差しに小菊が飾ってありました。
ところがこれは花瓶ではなく信楽焼の手榴弾でした。
埼玉県の南古谷では工事で土を掘り起こすと1日に何十個も出てくるそうです。
戦時中この地域では手榴弾に火薬を詰める作業が行われていたのです。
鉄が不足して考えだされた兵器で、戦争末期には攻撃兵器ではなく自決用の手榴弾として硫黄島にも兵士が持って行ったそうです。
この日は前回の「貨幣の資本への転化」講義に対する受講者の感想が紹介されました。
「正確なりっぱな理解です。この把握なら、どこに出しても、マルクスの墓の前でも、恥ずかしくない。マルクスも草葉の陰で合格点を出してくれるでしょう。
生半可なエセ学者どもを蹴散らすこともできるでしょう」と宮川講師は絶賛でした。
「人買いは、お天道様の下で(二重の意味で「自由な」対等平等な)行われるが、それは搾取を準備するだけで、実際の搾取のおぞましい作業は暗い地下室(『パンチ』解説、生産部面)で行われる。労働力商品の特殊性を理解しなければならない、ということでしょうか」という受講生の文章に私も脱帽しました。

 10月の講義では、宮川講師は「TPP問題」と「相対的剰余価値」についての受講者の感想を取り上げられ、「『資本論』を現代日本の国論を分かつ焦眉の課題にしっかり結びつけて理解されたことは、著者マルクスへの何よりのオマージュ(称賛・報い)です。
講師としても嬉しいです」と述べられました。
受講生の感想は「今日の講義では、当時と今日の、それぞれの階級的立場は違うとしても、経済的には商品(穀物、つまり小麦、つまりパン)の価格を安くするための関税撤廃論の論拠は、資本の相対的剰余価値増産の本性にあると喝破されました。
つまり、生活必需品の価格の低下、労働力の価格の低下、必要労働時間の大きさの低下、この三位一体に規定されて貫かれる価値法則の位置づけだと思います。」と結ばれています。

 私も「関税撤廃論の論拠は、資本の相対的剰余価値増産の本性にある」という講師の説明に、マルクスが150年近く前に指摘した資本の論理は、現在の経済構造の基本になっていることを改めて知らされた思いがしました。
「なぜ今、資本論なの?」という問い掛けに、「今だから、資本論を学ぶの!」と胸を張って答えられる気がします。でも実のところ、第1巻を学んだなどと言うのはおこがましく、講義を聞き流しただけにすぎません。
前述の「グーダラ親父さん」も第1巻講座を再度受講するそうですが、私も再度「資本論」を読み返したいと思っています。

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